「皺を刻もう」へ
一人を楽しんでいますか?
秋芳洞に行こうと思った。
歩いて回る通常のコースとは別に、鍾乳洞の中の岩を自ら登っていく、「冒険コース」というものが出来たと聞いていたからだった。
最初、誰か友達を誘って…と考えたが、迷った末に一人で行くことにした。
考えてみると秋芳洞へは小学生の頃、大学生になってから、社会人になってからと、何度も足を運んでいるが、一人で行ったことは未だかつて無い。
女性が一人で観光地へ行くというのは、どうも様にならない。何やらわけありげな、寂しげな感じがして、何となく気後れがしてしまう。
この頃、自分は誰かと一緒にいるべきなのか、それとも一人でいるべきなのか、ちょっと考えている。
一人で行こうと思った。
町営の駐車場から秋芳洞への道は大勢の人で溢れていた。
中に入ると、少しひんやりとしている。
少し進むと、例の「冒険コース」への入り口があった。
300円を箱に入れ、懐中電灯を持って岩場の鉄梯子を登ってゆく。
足下が湿っているせいで滑る。動きやすい格好をしてきて正解だ。
何度か転びそうになりながら、岩の上へ登るとそこは暗黒の世界で、懐中電灯を使っても余り良く見えない。岩の中を恐る恐る進み、石灰岩の道を滑りながらゆっくり降りた。 全部で10分位か。
そこからまた元の道に合流し、通常の秋芳洞のコースへと進んでゆく。
天井から下がっている鍾乳石は、3cm延びるのに200年。
天井から落ちた雫が作る石筍は、3cm延びるのに400年。
その二つが上から、下から延びて1メートル程度の柱になっているものは
実に1万5千年もの歳月がかかったという。
その柱をじっと見ていると、徐々に上から垂れ下がり、下から盛り上がってくっついていった、この何万年もの姿が、目の前で起こっているかのように脳裏に浮かんでくる。
洞内の空気は淀んでいるかと思っていたが、意外にも澄んでいる。
そのせいか、通り過ぎる人の匂いが敏感に、強く感じられる。
バスの団体旅行客のビールの匂い。
若い女性はみな良い匂いがする。
男性のレザーのジャケットの匂い。
煙草を吸うのであろう、中年の男性の匂い。
恐ろしく静かだ…。
と思ってふと耳を澄ますと、静かどころか、ザーザーとものすごい水の音がしている。
洞窟の中には幅20メートルくらいの川が流れている。途中低い滝のようになっている場所があって、その音が鳴り響いているのだ。
それでも流れのゆるやかなあたりの水面は鏡面のように穏やかだ。
時折、高い天井から落ちる雫の「ぽちゃっ」という音も良く響く。
水面には、小さな円から、徐々に大きく大きく丸い輪が広がってゆく。
一人で来る楽しさは、こんなところにあると思う。
道ですれ違うカップルや、友達連れの女の子達は水の音を聞きもせず、鍾乳石すらも見てはいない。
それもまた良いのだと思う。
時間を、空間を、共有する楽しみというのもある。
ただ、真実を味わうには一人で静かに耳を傾け、見つめることが必要なのかもしれない。
自分のペースで歩き、自分のペースで考える。
そういう時間が、私は好きなんだなぁ。
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